木と鉄

先日、知人が担当する鉄骨造(個人住宅)の工事現場を拝見させてもらいました。鉄骨造の現場は初めてだったということもあり、現場に漂う匂いと作業音が木造と鉄骨造ではまったく異なることに少々驚きと違和感を感じました。木造は木を削り出す心地よい音と木屑の良い香りで満たされますが、鉄骨造は鉄をカットする甲高い音とその焦げた匂いが辺りに充満していました。どちらが良い悪いではないのですが、個人的にはやはり木造の現場が落ち着きます。しかし、鉄骨独特の重厚感やダイナミックな開放感は木造では作り出すことが難しいということも今回の経験で感じ取ることができました。img_0038

小屋裏(寄棟)の様子

願い

img_3315

「家族を守るためにがんばっているんだ。」 曇りのない真っ直ぐな瞳だった。純粋でストレートな気持ちに私は心を打たれ、初対面ながら涙したことを今でも憶えています。人生は時に残酷で不条理なことが起こる。一人の力ではどうすることもできないことがある。それでも一生懸命に立ち向かっていた姿を私は決して忘れません。そして願うのは、決して諦めないで欲しいということです。

生き方と住まい方

先日、久しぶりに学生時代の友人から連絡をもらい数年ぶりに会うことに。
お互い美術大学を卒業して独立をし、腹を割って話せる数少ない友人の一人で、そんな彼から「所有している古いアパート1棟をどうにかしたい」という何ともざっくりとした(笑)相談を受けました。そして、近々婚約されるとのこと。(おめでとう!)それを聞いて、「是非建て替えをして新しい生活の場にすべきでは。」と即答しました。
『住まいを考えること』は『これからの人生をどう生きるか考えること』 と同じであると思います。今回のことは彼にとって、ひとつの住まいについて考えることと同時に、これからのパートナーとの生き方をじっくり時間をかけて考えるための大事な機会になるのではないでしょうか。
建て替えをするために は様々な条件をクリアする必要がありますが、友人のこれからの人生の歩みに少しでも力になることができればこんなに幸せなことはありません。

記憶

本家である祖母の家。祖母が亡くなってからずっと空き家のままでした。そして諸事情によりこの度取り壊しすることとなり、最期のお別れに長女を連れ訪問してきました。戦後間もない頃に建てられ、庭に面した心地よい縁側や薪風呂、薄暗い奥座敷、汲み取り便所など現代ではなかなか目にすることのないものが沢山残っていました。私も幼少期に1年間だけこの家で過ごしたことがあり、当時の記憶は今でも鮮明に残っています。そして、今の制作活動の根底には当時の記憶が大きく影響していると思っています。長女にも少しでも感じてもらいたいと思い連れていきましたが、(トトロの)メイちゃんの家みたい!と、彼女にはまるでジブリの森に遊びにきたような楽しい記憶として残ったようです笑。

↓ 片付けの最中に偶然見つけた写真。

CCF220160424

これから解体されるこの古屋の上棟時の貴重な写真でした。建物は取り壊されてしまいますが、住み手達の記憶はこの土地にずっと残っていくことでしょう。